16. 自分らしく生きる


(1)自我同一性

 同一性という言葉を聞いたことがあるだろうか。最近マスコミで時々耳にするのは性同一性障害であろう。これは生物学的な性と精神の中の性との間に違和があり日常生活にまで影響するようになったので「障害」として治療の対象になったものである。ここでは性の同一性を論じるつもりはなく、自我の同一性について言及したい。

 自我同一性というのはエリクソンの人格発達理論の中で出てきた言葉で、エゴ アイデンティティego identity を訳したものである。単にアイデンティティと呼ばれることが多い。エリクソンによれば思春期・青年期に同一性の確立と拡散の対立が生じるとされる33)。佐方34)によると次のように表現されるものがアイデンティティの感覚である。
・自分は自分であるし、これこそがほかならぬ自分であると自覚できる。
・この自分でよいという自己肯定感とこれからもこの自分でやっていけるという自信ができる。
・この自分はまわりから受け入れられているし、この自分は社会にとって意味ある人間であるという自己の存在感や有能感をもてる。
・健康な自己愛の感覚としてこの自分が好きであると受容でき、自分らしさがあるという実感がある。

 このような感覚を持てない状況が同一性拡散といわれる状態で、本当の自分が分からないという不確実感である。

 フリーターやニートと呼ばれる若者が増加していると聞くが、詰まるところ、アイデンティティが確立できず、拡散した状態で迷っている様が想像される。しかし、このような人生上の危機は青年期に限らず、定年退職も一つの危機であろうし、退職までの間、中高年期に人事異動や家庭の事情で危機を迎える人もいよう。一方、自殺死亡率の統計的観察から、55−59歳にピークがあったように、昨今では倒産、リストラによる失業等でも予期せぬ危機が訪れる。特に男性で企業戦士から解放された途端、仕事以外に何をやっていいか分からない、知らない、妻が生き生きと何かをやっているのを見ると一層心がくじけてしまう、同じように定年退職した同僚を見ると何か生き生きしているように見える、というようなことも聞く。

 いずれにしても、自我同一性の確立への援助はかつてのように青年に対してだけでなく、中高年労働者に対しても必要だといいたいのである。

 このような人生上の危機、あるいは転機は、単に労働生活上のことだけでなく、卒業、就職、結婚、出産、両親・兄弟の死等、家庭の出来事とも関係しながらやってくる。その意味では、今に始まったことではないが、我々はライフロング、つまり生涯を通して物事を考え、計画する必要に迫られている。


(2)自分らしく生きる

 自分らしく生きるとはどういうことだろうか。何が自分らしいのか、そもそも分からない。この章の統計の項でも見たように精神障害で労災申請するケースは年々増加している。また、かつては20代の自殺死亡率が小さなピークを形成していたが、今は定年直前の55−59歳の年齢層の死亡率に大きなピークが現れ、若年層のピークが目立たなくなった。それにしても、どうして心を病むまでに働くのか、どうして自ら命を絶ってしまったのか、その時周囲の人々はどうしていたのか、「体験者」以外は理解できないことが多い。

 ここでは、自分らしく生きるうえで心理的な問題が生じた時、それを解決するために用いられる、あるいは理解するために参考になるであろう心理療法のいくつかを紹介する。心理療法は専門家の仕事であるが、その方法論を垣間見ることによって、逆にわれわれの心のメカニズムを知る参考になればと考えた。

1)論理療法のABCDEとG
 菅沼35)によると論理療法とは以下に述べるとおりである。
 論理療法の目的は、感情および行動の解決である。人の悩みは二つある。一つは、自我の肥大に伴い悩みで、それを解決するのは自己受容である。例えば、両親が離婚すれば子供は悩む。論理療法は、両親の離婚という自分が変えようのない出来事を自己受容するように勧める。もう一つは感情が機能不全である場合である。例えば、対人恐怖を起こしている場合、恐怖を生み出している本人の認知を変えるよう介入する。それにより、結果として行動も変わる。



表16−1 論理療法のG
1.自己利益 8.科学的思考
2.共同体感覚 9.自己受容
3.自己志向 10.危険を冒す
4.高い欲求不満耐性 11.長期的快楽主義
5.柔軟性 12.現実的な努力
6.不確かさの受容 13.自己の混乱に対する責任
7.創造的仕事への献身

 図16−1は次のようなことを示す。ビリーフとは信念である。意識されていないこともあるが、別の言葉で言えば、何か出来事が生じた時に「自動的」にとる思考あるいは行動パターンである。ラショナルとは「合理的な」、イラショナルとは「不合理な」という意味である。Disputeとは、論じ合うことを意味する。

 何か出来事が生じた時に(A)、軽率に考えたり、裏の裏の裏まで考えて(B)鬱々とすることは、お互いあることである(C)。論理療法では、その鬱々の根拠を尋ねる。何の根拠を持ってあなたはそう思うのか、感じるのかと(D)。多くの人が自分の考えや行動に何らかの科学的根拠、あるいはデータを持っているわけではない。カウンセラーは、その根拠のない不合理な考え(認知の歪)について論じ合う。クライエントは、指摘された不合理な美リーフを考え直す(E)。

 この方法論は、次で述べるRogersの来談者中心療法とは異なり、かなり積極的にクライエントの考え方に介入する。いわば、言って聞かせる指示的療法であろう。

 いずれにしても、我々の不合理な考え、感情に自ら気付き、それを修正することによってより高いストレス耐性、行動の合理性を身につけようとするものである。表16−1のGはGoal目標である。

2)来談者中心療法

 来談者中心療法は、C.R. Rogers およびその共同研究者が発展させたカウンセリングの立場である36)。上述の論理療法とは異なり、非指示的療法とも呼ばれ、カウンセラーはひたすら来談者の話を聞く。下山37)はこの療法を次のように要約している。
 人間は、一人ひとりが基本的に健康で、成長と自己実現に向かう可能性を持った存在である。心理的に不健康な状態とは、自己実現という本来の傾向に従わないでいる場合であるので、その人の潜在力と主体的能力を尊重し、内在する自己実現傾向の促進的風土を提供することが介入の目的となる。

 それではどのようにして成長と自己実現傾向を促進するのであろうか。越川38)の整理によると次のようになる。
 人間の成長を促進するセラピストの態度条件として、

1)共感的理解
2)無条件の肯定的配慮
3)真実性(役割行動や防衛的態度をとらず、自身の感情とその表現が一致していること)

があげられる。
このような態度条件がある場合に、

1)自己を脅かす現実を自己を守るために歪曲して認知することをやめ、あるがままの状況を正確に受け取る
2)自己に問いかけ、個々の選択を決定し、その決定をした自己を信頼する
3)理想を手にするよりも、そのプロセスにあることに満足する

という成長が認められる。

 もう少し言葉を変えて言うと、受容と共感の態度に徹して聞こう、そうすれば相手は自ら道を切り開く、人間はそのような自己実現の力を持っている、それを信じよう、ということだ。ただその時、聞く側のもう一つの態度として、真実性、すなわち、来談者の話に違和を感じながらも、自分は聞き手だからひたすら受容しよう、ということではなく、そのような場合は、自分の感情と表現を一致させよ、というのだ。

 聞く側は、自分をいたずらに取り繕うことなく、裸のような状態で相手に接しなければ、相手も心を開くことができない、自己実現の潜在力も湧いてこない、ということだろう。

 このようなカウンセリングの技法を応用したものが職場における「積極的傾聴」だ。職場内が受容と共感、真実性に満ちていれば、個々の労働者のメンタルヘルスの向上のみならず、潜在的な創造性が発揮され、生産性も上がる。

3)精神分析療法
 これはフロイトの精神分析理論に根拠をおく療法である。再び下山37)の整理を引用すると、精神分析療法は、
 乳幼児期の体験で意識に統合されなかった事柄が無意識の領域へと抑圧され、その結果、心的葛藤が生じ、症状が形成される。従って、無意識の抑圧の解除と葛藤の意識化が介入の目的となる。

 乳幼児期の不愉快な体験あるいは生育史上の未解決の問題は、意識すると不愉快になるため抑圧され無意識の中へ押し込められている。しかし、後日成長しても、無意識の中へ押し込められ忘れてしまっているかつての不愉快な体験と類似したことに遭遇したりすると、無意識のうちにそれに反応してしまう。この反応が神経症といわれる症状で、不安症、強迫症、ヒステリー症、抑うつ症など、いろいろな神経症がある。そのような時、自分の現在の症状とかつての不愉快な体験、あるいは未解決な問題が意識上で結びつけば、すなわち、無意識が意識化されれば、問題の症状は取れるとされる。

 この療法を健常者に応用したものが精神分析的カウンセリングで、親子関係、育児相談、異性問題、職場の人間関係など、問題を抱えた人の援助に有効である。

3)システム論
 システム論というのは、ある事象をそれを取りまく環境との関係で理解しようとする考え方である。この考え方は、心理学領域では家族療法に応用されている。遊佐によれば次のようにいえる39)。
 システムズ・アプローチでは、個人の精神病理または行動障害は、個人を取り巻くシステムの問題の反映と考えるので、システムを変化させることにより、個人の問題も解消すると考える。すなわち、個人を環境(エコシステムecosystem)との関係で理解しようとする。個人のエコシステムで最も影響力が強いと考えられるのが家族だ。

 システム論では円環的因果関係で物事を考える。例えば、フロイトの精神分析的アプローチでは親の態度が子供に影響するという直線的な因果関係で解釈される。その様なことももちろんあるのだが、その親の態度は別のことに原因がある場合も考えられる。つまり、原因と結果はいつも一対一ではなく、原因と結果が巡りめぐってまた元のところに戻るというような円環的な因果関係もあり得る。

 この考え方を労働組織に適応するとどうなるであろうか。上司から厳しく成果を追求されたことにより部下が心身に異常を来した、これを直線的因果関係で解釈すればその上司の態度が問題となる。しかし、円環的因果関係で考えれば、その上司は社長の命ずるままに動いた、社長は経営問題からそう指示せざるを得なかった、そもそも経営問題は会社の非効率な組織運営に問題があった、というようなことになれば、会社のシステムそのものに目を向けないと本質的解決は困難となる。

 学級崩壊も同様ではないだろうか。単に教師と児童・生徒の問題では解決が難しい。行政・学校の管理手法、家庭・地域の教育力等が複雑に影響し合っていると思われる。

 いずれにしても、ここでは円環的因果関係の考え方も重要だといいたいのである。

4)交流分析
 精神分析の口語版といわれる交流分析(transactional analysis TA)も我々の日常生活に大いに役立つ考え方である。杉田40)によれば次のようにいわれる。
 TAの理論の一つに「過去と他人は変えられない」というのがある。TAでは、人間関係が基になって起こる悩みや問題を深く観察した結果、自分をさておき、相手だけを変えようとする態度が支配している事実に注目する。人生において、過去の出来事を変えられないのは自明であるが、それと同じくらい、他者を変えることは難しい。これは、人間の可変性や成長能力を否定するのではなく、他者に変容を指示し強要する方法が実り少ないことを示唆している。

 交流分析を他人操作の手段として学習するのではなく、自分に関する真実(自分も気づいていない隠れた動機、生育歴の中で形成された近道反応など)を知る方法として活用して頂きたい。

 ここで詳細は記述できないが、交流分析は、1)自己への気づきを増す、2)自律的な生き方をする、3)真実の交流(親交)を回復する、ことを目的に行われる。

 自己への気づきを増す方法として、交流分析ではエゴグラムチェックリストを用意している。これは50項目からなる質問紙で、これにより自分の日常生活の反応パターンあるいは行動パターンのようなものが理解できる。そこから自分自身の行動変容へのヒントが得られる。人間関係で悩んでいる方は是非試して頂きたい。解説書は書店で容易に入手できる。