以下は過去の講演で用いた資料です。統計は少し古いものもあります。



1、「V精神及び行動の障害」の患者数、自殺死亡率

 次の図は、少し古いですが、平成8年患者調査による推計患者数です。
 患者数としては、統合失調症(精神分裂病)がもっとも多く、ついで気分(感情)障害が多いことが分かります。職場の中で多いうつ病は気分(感情)障害に入ります。




 次の図は、性・年齢階級別の自殺死亡率です。男女とも20代前半の青年期にピークがあるのが一つの特徴です。それに加えて50代後半の中高年層に大きなピークが現れたのが最近の特徴です。経済情勢の変動が影響していると言われています。



2、ストレスとメンタルヘルス

(1)ラザルスLazarus, R.S.の心理的ストレスの定義

「外的状況の特性や内的状態でもなく、環境の要求、その認知、およびそれに対する対処能力の認知との複雑な相互作用からもたらされる過程」

1)個人の持つ資源に負担をかける
2)個人の持っている資源を越える
3)個人の安寧を危険にさらす

(2)どのようなことがストレスになるか

1)生活事件 life events(ホームズHolmes, T.H、レイRahe, R.H.)
・結婚、離婚、入学、卒業、配偶者の死、妊娠、法律違反、借金、転居・・・
・これらの生活事件が生じたときに、それを調節するのに必要な時間の集中度と長さを重みとして、この重みが一定量に達するとさまざまな身体的・精神的な障害の原因となり、健康障害を発生させる。
・一過性、急性的要素が強い

2)日常生活苛立ち事 daily hassles(Lazarus, R.S)
・生活事件はある状態からの変化のみを考えており、出来事の望ましさが考慮されていない、個人によって受け止め方は異なるし、重みが一律に定められている。
・時間の無駄づかい、仕事への不満、食事の支度、同僚が気に入らないこと、などの日常経験されるもの
・持続的、慢性的、常態的

(3)セリエSelye, H.の「汎(全身)適応症候群」(GAS: General Adaptation Syndrome)

・生体はストレッサーにさらされ続けると副腎皮質が肥大し、胸腺、脾臓、リンパ節、その他全身のリンパ節が萎縮し、さらに、胃の内壁や十二指腸に出血や潰瘍が現れる。このような変化はストレッサーの種類に関わらず共通して現れる。

・警告期(警告反応):生体の抵抗力が低下し、副腎、リンパ系、消化器系に変化が現れる。

・抵抗期:警告期で見られた症状が消失し、抵抗力も回復し、生体は正常な状態を取り戻したかのように見える。

・疲憊期:長期にわたるストレスに生体が適応できなくなり、適応のためのエネルギーが疲憊し、警告反応の症状が再発する。そして、ついには死に至る。

・従来の医学が「特殊病因説」であるのに対し、ストレス学説では、病気は頭痛、発熱、疲労感、食欲不振、漠然とした不快感、汎適応症候群から始まると考えられる。このような状況は、一時的であるが重大なストレス状況(生活事件)、重大ではなくとも慢性的なストレス状況(日常生活苛立ち事)などに置かれることから生じる。

(4)心理・行動面の異常の生物学的側面

・ストレスにより中枢神経系、脳内の神経伝達物質の放出が影響を受け、神経症や不眠、抑鬱感、アルコール・薬物依存、摂食異常などのさまざまな心理・行動面での異常が出てくると考えられる。
・抗精神病薬 → 脳内ドーパミンの作用を減弱させる
・抗うつ薬 → 脳内モノアミン(ノルアドレナリン、セロトニン)の作用を増強させる
・抗不安薬 → 脳内ガンマ−アミノ酪酸を増強させる

(5)サンドウィッチ症候群とDemand-Control-Support Model

・中間管理職が上司と部下の要請を調整しきれず、自らが悩む職場不適応の状態。
・管理職としての責任や増加する仕事量で板挟みの状態になる、あるいは昇進や転勤などの状況変化で生ずるとされる。
・ストレスの程度は、仕事の要求度−裁量権−支援体制の有無で異なる。


3、自分自身を知ることの大切さ

 自分の思考パターン、行動パターンを知って、自らをコントロールしよう。
 エゴグラムで自分のパターンを知ろう。

・他人と過去は変えられない
・人を変える前に自分が変わる
・受容と共感と自己一致
・防衛機制(適応機制)


4、防衛機制防衛機制(宮腰 孝 (鈴木庄亮、久道 茂「シンプル公衆衛生学」))

欲求不満や葛藤の状況におかれたとき、これを緩和、解消するための心的機制(適応機制)

(1)代償機制
欲求がみたされないとき、本来の欲求と似かよった別の欲求をみたして満足しようとする機制。

1)昇華:成熟した良好な適応機制。たとえば、性欲や攻撃衝動などをスポーツや芸術で発散させるように、ある禁止された本能的欲求を社会に受け入れられる形にして満足する。

(2)自己防衛機制
自分の立場が不利になったり、破局状況に陥ったときに、心理的不安を救おうとしてとる機制。

1)同一化(同一視):ある権威ある対象を自分の中に取り入れて、それと似た存在になって満足を求める方法、有名人を知人であるかのように得意になって話す。

2)合理化:自分の言動に非難を受けないように理屈づけること。イソップ童話で、ブドウをとりそこねた狐が"あのブドウはすっぱいのだ"とやせがまんした。

3)投射(投影):自分の中の認めがたい抑圧した感情が、ある外的対象(他者、事物)に所属するとみなすこと。自分の能力を棚にあげて仕事の失敗を道貝のせいにしたり、自分が相手をきらっているのに、相手が自分に敵意をいだいていると感じとる場合。

4)補償:自分の劣等感を別の長所を強調することにより解消しようとする働き。吃音者が雄弁家になってみせる。自己の欠陥を克服して評価されることもあるが、過補償になりやすいといわれている。

(3)逃避機制
消極的に現実の不快、不満の緊張から逃れ、身の安全と解決を求めようとする機制。

1)抑圧・回避:自我にとって耐えられない、あるいは危険な欲望や記憶などを意識しないように無理に排除すること。無意識のうちに心の底に閉じこめてしまいやすく、防衛の原点とされている。
症状には大きく2種類があり,

・解離型ヒステリー:意識消失,もうろう発作,記憶障害,幻覚といった精神機能の変容が生じるものを解離症状とよぶ。

・転換型ヒステリー:痙攣発作,運動マヒ,感覚マヒ,痛み,知覚変化など運動・感覚機能の変容が生じるものを転換症状とよぶ。

2)退行:困難に直面した場合、発達の未熟な段階にあともどりして、幼若的言動を示して保護を得て安全を計ろうとすること。弟が生まれてから指しゃぶりや夜尿が出てくる兄。

3)白昼夢:空想。現実では満足されない願いを空想のなかで満足する。

(4)攻撃機制
 欲求不満を他人や自己を攻撃することで解消しようとする働き。

1)外罰的攻撃:特定の人物を罵倒したり、八つ当たりなどして不満をはらそうとする。

2)内罰的攻撃:自責、自虐、自損などで解決をはかる。自傷行為や自殺など。

 以上のような適応機制に失敗したとき、行動に歪みが出たり、人格の発達に障害をきたすことがある。


5、人が変わる条件

(1)フロイト派(精神分析学派)

「無意識で自覚できない領域を自覚する」

(2)ロジャース学派

「援助する人が自己一致しており、相手に対して肯定的な関心を持ち、相手の内的枠組みを共感的に理解しようとするとき、相手の成長する潜在力が解放される」「感情表出→浄化」

(3)家族システム論

「家族のなかの個人の行動のような事柄は、直線的な因果関係よりも円環的因果関係の例であると見なした方がより理解できる。たとえば、息子の不登校は過保護な母親のせいであるというのではなく、その背後には夫に頼りたくても頼れないという夫婦間の問題が潜んでいるかも知れない。」

・家族構成員間の交流に見られる相互のコミュニケーションの機能に焦点をあて、家族構成員の行動を理解する。
・問題の原因探求よりも、実際の問題の解決を重視する。
・変化の対象は、問題ではなく、問題を継続させている悪循環である。従って、悪循環の円環の一部を変えることを試みる。


6、エゴグラム「人はみな三つの私を持っている。」(杉田峰康)

親Parent
・父Critical Parent 自分の価値観や考え方を正しいとして、それを譲ろうとしない部分。良心や理想と深く関連していて、様々な規則などを教え、批判や非難をする。

・母Nurturing Parent 親切、思いやり、寛容な態度を示す部分。罰するより許し、ほめ、人の苦しみを感じ取ろうとし、保護的である。

大人Adult 事実に基づいて判断しようとする部分。知性や理性に関係しており、合理的で冷静な計算をする。

子供Child
・自由な子供Free Child 親のしつけの影響を受けない部分。本能的、自己中心的であるとともに、好奇心や創造性に満ちている。快感を求め、不快や苦痛を避ける。

・従順な子供Adapted Child 自分の感情や欲求を抑え、相手の期待に服従しようと努める部分。相手に依存し、妥協する。


7、「職場における心の健康づくり」(労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課編、産業医学振興財団)

不適応状態ではないかと考えてみる徴候

I 身体的な症状
(1)身体の不調の訴えが多い。
(2)不眠の訴えが続く。

U 精神的な症状
(1)仕事に対する責任感の低下。
(2)仕事能率の明らかな低下。
(3)細かいことにくよくよする。
(4)考えごとをしていることが多い。
(5)著しく口数が少ない。
(6)表情が乏しく、生気がない。
(7)イライラ、セカセカしすぎる。
(8)気が大きくなり、よくしゃべり、自分の能力や権限以上のことを実行しようとする。

V 行動面での徴候
(1)遅刻、欠勤、早退などの勤怠状況が平均値より多い。
(2)早出、残業、休日出勤が平均値よりはるかに多い。
(3)けがをすることが多い。
(4)不平不満が多く、しばしば上司に反抗する。
(5)不機嫌になるとごく細かいことに怒りやすく、乱暴をはたらくことがある。
(6)さしたる理由もなく、職場転換を希望したり、会社を辞めたいと訴える。
(7)金使いが荒くなり、借金をよくするようになる。
(8)服装が極端にだらしなくなったり、目立つようになる。

ストレスによる健康障害を受けやすい性格
(1)きちょうめん・きまじめで融通性・統合力が不十分。
(2)消極的で自主性・社会性が不十分。
(3)自己己中心的で協調性不十分。
(4)神経質で対人関係に過敏。
(5)完全主義、自己同一性が未確立。

心身症としての取扱いが必要とされる病気
(1)循環器の病気 本態性高血圧症、本態性低血圧症、レイノー病、バージャー病、狭心症
(2)呼吸器の病気 気管支喘息、過換気症候群、神経性咳そう
(3)消化器の病気 胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、慢性膵炎、胆道ジスキネジー
(4)内分泌・代謝の病気 糖尿病、甲状線機能亢進症、神経性食思不振症
(5)神経の病気 片頭痛、筋緊張性頭痛、脳血管障害とその後遺症、知覚異常、運動異常、失神発作、けいれん発作、書痙、痙症斜頚、振戦
(6)泌尿器の病気 夜尿症、インポテンス、過敏性膀胱
(7)骨・筋肉の病気 慢性関節リウマチ、全身性筋痛症、腰痛症、チック
(8)皮膚の病気 アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、多汗症、慢件じんま疹、湿疹
(9)産婦人科の病気 月経困難症、更年期障害、不妊症、不感症
(10)小児科の病気 起立性調節障害、周期性嘔吐、心因性発熱
(11)眼科・耳鼻科・口腔外科の病気 眼精疲労、原発性緑内障、メニエール症候群、アレルギー性鼻炎、顎関節症、特発性舌痛症


DSM−IV(「精神疾患の分類と診断の手引き」 アメリカ精神医学会)

統合失調症の診断

特徴的症状:以下のうち2つ(またはそれ以上)、各々は、1ヶ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在。

(1)妄想
(2)幻覚
(3)解体した会話(例:頻繁な脱線または滅裂)
(4)ひどく解体したまたは緊張病性の行動
(5)陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如

うつ病の診断

 以下の症状のうち5つまたはそれ以上が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも一つは、(1)抑鬱気分、または(2)興味または喜びの喪失である。

(1)その人自身の言明(例えば、悲しみまたは空虚感を感じる)か、他者の観察(例えば、涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑鬱気分。[小児や青年ではいらいらした気分もあり得る。]

(2)ほとんど1日中、ほとんど毎日の、全てまたはほとんど全ての活動における興味、喜びの著しい減退。[その人の明言、または他者の観察によって示される。]

(3)食餌療法をしていないのに著しい体重の減少、あるいは体重の増加(例えば、1ヶ月で体重の5%以上の変化)、または、ほとんど毎日の食欲の減退、または増加。[小児の場合、期待される体重増加が見られないことも考慮する。]

(4)ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。

(5)ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止。[他者によって観察可能で、単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚でないもの]。

(6)ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。

(7)ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責観(妄想的であることもある)。[単に自分をとがめたり、病気になったことに対する罪の意識ではない。]

(8)思考力や集中力の減退、または、決断困難がほとんど毎日認められる。[その人自身の言明、または、他者によって観察される。]

(9)死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画。


産業心理相談ハンドブック(大野 守他編著、金子書房)

「病識」がない場合の対応

(1)性急に事を運ばない−最初の対応がその後の善し悪しを決める。情報を収集し、関係者の役割分担を明確にする。

(2)先入観を捨て、キーパースンを探す−その人のいうことなら聞く、というような人。変な情に訴えるより、正攻法がよい。

(3)本人が傷つくような言動を避ける−「お前、おかしいから精神科へ行け!」→「疲れているようだから、しばらく病院で静養したら」「眠れないのだったら、病院で安定剤をもらったら」

(4)問題行動に対して過度に反応しない−問題行動の多くは周囲の人とのトラブル。困惑している上司、妄想対象となっている人、等を職場全体で支える。

(5)家族や関係者の援助方針、援助体制を確立する−だれが職場のキーパースンになるか、家族との連絡・連携をどのようにするかなど。

(6)地域での援助資源の活用−保健所、精神保健センター、医療費援助等。

(7)援助者自身が専門家のコンサルテーションを受ける−精神科医、心理療法家、労働衛生コンサルタント等。

休職中の労働者への対応

(1)接触する人は職場の直属の上司など、誰かに固定する。

(2)家族を通じて主治医の意見を聞き、面会可能であれば家族の承諾を得て面会する。

(3)職場復帰への準備−精神症状がとれ、復職が決まりかけている時は、精神的に不安定になりやすい時期でもあり、自殺の危険性も高いので慎重に対応する。本人は、仕事の遅れを取り戻そうという「あせり」があったり、体力低下による「不安」、「二度と失敗は許されない」という悲壮感等がある。まずは、「出社するだけでよい」というような周囲の雰囲気が必要。特に、うつ病、あるいはうつ的な人に対して、「がんばれ」は禁句。「あなたのペースをくずさないよう」「ぼちぼちやればよい」というような趣旨で接する。

復職後の管理と再発予防

(1)精神保健チーム、職場の支援−本人が復職に伴う不安など心の内面を自由に語り、受容や共感的態度を得ることによって、自信を持って新しい歩が始まる。

(2)勤務時間や業務内容の段階的調整−最初から元通りにはならない。仕事に徐々に慣れるように配慮する。

(3)通院・服薬の継続−業務中の通院の困難やや本人の意識の問題もあり、復帰後に通院、服薬が乱れやすい。職場復帰後は様々な機会を捉えて、通院・服薬の有無を確かめる。通院の翌日などにその時の状況などを聞く。

(4)適応状況の把握−上司や精神保健担当者は適応状況を常に把握しておく。

(5)復職後の職場配置−職場内の人間関係が問題で発症したような場合を除き、原則としてもとの職場に戻るのが望ましい。慣れた仕事や人間関係がよい。異動がきっかけで発症したような場合は、周囲の理解や支援が一層必要である。職場環境を変えることは、疾病の種類や質、回復度、受け入れ職場の環境など、様々な条件により判断する。

(6)職場上司への支援−上司は、自分自身、あるいは自分の管理能力に問題があったのではないか、というように悩み、そのこと自体が強いストレスである。家族や職場上司も復帰者と同様援助対象となる。